核融合炉のエンジニアリング技術で、日本主導の脱炭素社会の実現を目指す

エネルギー&環境領域で活躍する人と知見を繋ぐインタビュー:第26回
核融合炉のエンジニアリング技術で日本主導の脱炭素社会の実現を目指す

今回のゲストは、世界中で開発競争が加速する核融合の分野において、高度な技術が求められる核融合「炉」のエンジニアリングを武器に独自のポジショニング獲得を描く京都フュージョニアリングの長尾さんです。起業に至った経緯、核融合発電に向けた市場の動静、核融合炉のエンジニアリング技術を応用した二酸化炭素の固定化・回収という新たな産業の可能性など、情熱あふれるお話をたくさん聞かせていただきました。

本日のゲスト:長尾 昂さん@京都フュージョニアリング株式会社

京都フュージョニアリング 長尾社長
 <略歴>
2007年、京都大学大学院工学研究科機械理工学専攻修士課程を修了。Arthur D. Little Japan入社。製造業やインフラ企業に対し、中期経営計画、新規事業創出、イノベーション戦略等の策定や実行を支援。 2010年、ベンチャー企業である株式会社エナリスに入社し、経営企画、事業開発、営業、渉外などに従事。2013年、同社のマザーズ上場に貢献。経営企画部長として資本業務提携や中期経営計画の立案を担当。

--どのようにして起業するに至ったのかという視点も含め、これまでのご経歴を教えていただけますか。

私は元々、宇宙とか、サイエンスフィクションが大好きな子供で、ドラえもんとかガンダムの世界のように、空飛ぶ車とかロケットとかが身近に使われる時代がやってくると思っていましたし、私自身もそうしたものを作ることに関っていきたいと思っていました。そのため、大学進学時には迷わず工学部を選択したわけなのですが、大学に入りたての学生が、空飛ぶ車やロケットといった大物をいきなり作ろうと意気込んでも、それなりに時間のかかる話であり、そう簡単に物事は進まないことが分かりました。

そこで私が目を付けたのは、経営側の視点をもって製造業に貢献していくという道です。卒業後は、ADL(Author D Little)という技術・製造業に強いことで知られる経営戦略コンサルティングファームに入りました。新しいことに取り組むのが好きな私は、新規事業創出の仕事をメインにやらせていただき、2009年頃に出会ったのがスマートグリッドという領域でした。当時は、スマートグリッドとか、スマートシティという言葉が流行り始めた頃だったのですが、個社の枠を超えて多様な企業が連携し、新たな産業を創出していくという壮大な視点の仕事でしたので、これがまさに自分がやりたかったことではないかと感じたのを覚えています。

こうしてスマートグリッドの世界に惹かれて、新たな産業を創りたいと思い、2010年に入社したのがエナリスという会社です。エナリスは、スマートグリッドの世界に挑戦するエネルギーベンチャーであり、ADLで培った知見・経験を活かして、やりたいことができるのではないかと思ったのです。

私のエナリス時代は、大きく3つのステップに分かれていました。私が入った当初は、年間売上が3億円くらいのベンチャー企業でしたので、とにかく新規事業を創出・拡大していく必要がありました。小さい会社ではありましたが、役所と相談しながら部分供給の制度を作ったり、自ら電源を買ってきて仲介や小売したり、需給バランスを調整するという仕組みも構築したり、今では当たり前に使われているに仕組みを先駆的に構築していきました。当時の私の直属の上司は現在REXEV代表の渡部さんだったわけですが、会社の中でも強いリーダーシップを持って事業を引っ張っていける人間は片手の指で数えられる程度でしたので、大きな仕事が目白押しの中、実行していくのは大変でしたね。私自身も、自由度をもって、いろんな動きをさせてもらいました。2013年にマザーズに上場したのですが、当時はまだ上場するベンチャー企業もそれほど多くなく、上場審査に関するノウハウを教えてくれる経験者もあまりいなかったので、とりあえずやってみよう的な感じで仕事を進めていき、結果、マザーズ上場まで走り続けました。これが第1ステップです。

その後、2015年に特設注意市場銘柄となり役割がガラッと変わりました。ここからが第2ステップです。2014年のマザーズ上場直後まではずっと攻めの経営だったのですが、ここからは一転して守りの経営。経営管理、ガバナンス、コンプライアンスなどに力を入れ、KDDIとの資本業務提携や中期経営計画の策定など、経営を立て直す仕事に注力しました。非常に重要でやりがいのある仕事でしたが、いざKDDIとの提携が進むと私自身はもうこの会社に長く居ないだろうなと感じました。と言いますのも、私自身はベンチャーマインドが強いので、大企業で上手くやっていけるとは想像できなかったためです。もちろんエナリスや多くの社員にとってKDDI資本が入るのは良いことですし、KDDIは今でも素晴らしい会社と思いますが、私は大企業での勤務経験がなく、また大企業のマネジメントを行う能力はありませんし、未来の自分を想像できない・・・という感じでしたね。昔のコンサル時代を思い出しつつ、大企業の経営企画のやり方を学ばせてもらおうと頑張りました。

エナリスでの第3ステップとなる最後の仕事は研究所での新規事業向けの研究開発でした。経営再建フェーズを終えて、再度、新規事業開発を活発化させ始めたころで、AIを活用したエネルギーサービスやVPP周りの研究開発に取り組んだりしました。しかし、小売周りのエネルギービジネスをある程度やり遂げた、産業が大きく動いた、という実感もあり、最終的には、エナリスを飛び出して自分で事業をやるという道を選択するに至りました。

--その後、今の京都フュージョニアリングを創業されたというわけですね。

子供の頃から、経営者になりたいと思っていたのです。私が子供のころに、親族が経営していた会社が倒産したのですが、自分の身近な会社がつぶれる姿を見るのは、子供心に感じるものがありました。その頃から、自分も将来は会社の経営者になり、成功した姿を親父たちにも見せたいと考えるようになったのだと思います。

なお、京都フュージョニアリングを創業した当時は、実はSpace BDという宇宙の産業化・宇宙商社を手掛けるスタートアップにも参画しており、半分は核融合で、半分は宇宙産業という感じでした。商業化に向けた事業の成熟度という意味では、核融合よりも宇宙産業の方がはるかに進んでいるのです。昔から思いを馳せている宇宙でビジネスをしたいとずっと思っていましたし、宇宙産業の商業化ってどうなっているんだろうというのもすごく興味がありましたので。

私が起業することができたのは、京都のiCAP(京都大学イノベーションキャピタル)のおかげです。iCAPが提供するプログラムに、京大発スタートアップに挑戦する研究者とビジネスパーソンを結び付け、研究シーズの事業化を目指すECC – iCAP(Entrepreneur Candidate Club)というプラットフォームがあります。マッチングというほど形式ばったものではないですが、起業したいです!経営やりたいです!みたいなマインドを持った人が集まってくる場所です。私が小西教授と出会ったのも、このECC – iCAPのイベントに参加した時でした。その時は、4つの技術シーズがあり、どこでも一番興味があるところにいってみていいよと言われたのですが、その中で僕が一番興味を持ったのが小西教授の手掛ける核融合でした。これがきっかけとなり共同創業に至りました。

--最初に、核融合とはどういう技術なのか簡単に教えていただけますか。

核融合は、太陽が輝くのと同じ原理で、高温・高圧の環境下で、水素原子どうしが融合することで膨大なエネルギーが放出される反応です。原子力とは根本的に異なる技術であり、高レベル放射性廃棄物を生成しないことに加え、高温環境を保てなくなったら自動的に反応は停止しますので、原理的にメルトダウンを起こす危険性はないため、比較的安全な方式であるといえます。海水から燃料を取り出せますので、無尽蔵の燃料が存在することに加え、温室効果ガスの排出もなく、燃料1gで石油8トン分のエネルギーを生成する超高効率の技術です。

過去には、核融合は実現の目処が立たない夢のエネルギーかのような捉え方をされていましたが、昨今は欧米はじめ盛んに開発競争が進んでおり、商用で活用されるエネルギーとして、確実に到来する技術であるとの受け止め方が一般的になってきており、市場規模は50兆円とも言われています。米国では、2035年~2040年にも商用の核融合発電所を商用リリースするロードマップが描かれています。米国ですから、やると言ったらやるでしょう。

--核融合の領域で、京都フュージョニアリングはどういう事業を展開されているのでしょうか。

京都フュージョニアリングは、日本発の核融合テックのスタートアップで2019年10月に設立しました。技術面を支える小西先生は核融合一筋の技術者ですが京都大学教授でもあります。他にも、エナリス時代の私の上司も参画しており、社員は15人ほどの会社です。大学発のベンチャーなので京都大学で研究された技術をコアコンピタンスとして核融合の技術開発は当然やりますが、ビジネス化、産業化と向き合うことに拘っており、戦略的に核融合炉等のプラントエンジニアリング技術を手掛けています。また、核融合炉で作った熱エネルギーの利用方法として、発電だけでなく、空気中のCO2をカーボンとして固形化、水素ガスの生成、といった技術を開発していることも特徴です。

共同研究している京都大学の研究設備

産業革命以降、人間が、地中から掘り出して燃やしてきた化石燃料を地球に埋め戻す必要があると真剣に考えています。人間は、46億年かけて太陽が作り出してきた化石燃料を使い切ってきました。私達の会社は、核融合炉という地上の太陽を使って、再度、カーボンを固形化し、地球に埋め戻していくことを本気で考えています。空気中の二酸化炭素からカーボンを取り出して固形化するのは膨大なエネルギーが必要なのですが、CO2からカーボンを固形化する技術自体は既に完成しています。

創業当初は核融合発電向けのプラントエンジニアリング技術を前面に出してアピールしていますが、元々やりたかったのは、人類が掘り出したカーボンを固形化して地中に埋め戻して、環境問題の解決、脱炭素社会の実現に向けて、抜本的な一手を打つことでした。しかし、会社の創業期には、足の長いビジネスプランを伝えても資金調達が難しかったので、もう少し短期目線で確度の高いビジネスモデルを訴求せざるを得なかったという側面が少なからずあります。最近は、2050年に向けた脱炭素化の流れもあり、資金調達環境にも変化が見え始めています。顧客との信頼関係も構築されはじめて、長期目線の脱炭素ビジネスの話を進める環境が整いつつあると感じています。

--核融合炉では、具体的に何が行われているのか、分かりやすく教えていただけないでしょうか。

核融合炉においては、ドーナッツ形状の部分の気体温度を約1.5億度まで上げます。想像しづらいかもしれませんが、1.5億度というのは、触れたものすべてが蒸発する温度です。鉄でも3500度くらいで気体になります。超電動コイルなどで作り出す超強力な磁場でプラズマ状態の燃料を閉じ込め、さらに1.5億度まで加熱することで超高温の核融合プラズマ反応を引き起こすのが、ITERでも採用されているトカマク型核融合炉ですね。

トカマク型核融合炉(ドーナツ型)の装置概観

燃料となる水素の同位体である重水素とトリチウムを衝突させる必要があるのですが、プラズマ状態なので、原子核と電子が電離してバラバラになり、プラスの磁性で反発するのですが、超高温のガス状態にすることでイオンの熱運動により最終的にはぶつかって一体となります。しかし、一体になったのちに質量を足し合わせても、なぜか質量が等価になっておらず、E=mC2の法則に従って質量が減少した分だけエネルギー(中性子)が放出されているというのが核融合で膨大なエネルギーを得られる基本原理です。核融合反応で得られた中性子をリチウムにぶつけることで熱を取り出すとともに、生成されるトリチウムを回収し、燃料として再利用します。

プラズマ核融合反応の原理

核融合の技術開発においては「①持続的にプラズマ核融合反応を続け、中性子を作り続けること」、また「②中性子を熱に変えてガスタービンまで熱搬送すること」の2つのステップがあるのですが、弊社は、2ステップ目を得意としており、中性子の熱エネルギーを取り出し、ガスタービンなど熱の利用先まで持っていくなど、プラントそのもののエンジニアリングに強い会社です。逆に多くの核融合ベンチャーとして知られている海外の会社は、1ステップ目の技術開発を競っています。ステップ1の商用化は2035年までかかりますが、それまで待ってから2ステップ目で勝負していたのでは間に合いません。

--具体的には、御社はどんな装置を開発されているのでしょうか?

弊社が開発しているのは、中性子を受け止め熱エネルギーに変換し炉外に取り出すブランケット、核融合反応で発生したヘリウムなど不純物を排気したり、トリチウム燃料を濾し取るためのダイバータ、マイクロ波により1.5億度という超高温を作り出す加熱装置であるジャイロトロンという商品です。

ブランケット、ダイバータ、ジャイロトロンの構成イメージ

ブランケット中には液体金属が流れる流路があるのですが、液体金属の中にリチウム原子が入っているため、リチウム原子と中性子が反応し、液体金属が高温になって熱を伝えるという仕組みになっています。液体金属は常圧で使えるため、洩れても危険が少ない安全な設計です。また、リチウム原子と中性子の反応により、液体金属の中に燃料として使えるトリチウムが生成されますので、これも濾し取ることで燃料として活用します。ダイバータは核融合反応で発生したヘリウムなど不純物を排気するのですが、どうしても燃料成分も同時に排気するので、燃料成分を濾して再利用したり、ダイバータ自体が高温になるのでその熱を二次利用したり、様々な役割を有します。ジャイロトロンは、マイクロ波の増幅装置で、強力なコイルで地場を発生させ、電子からマイクロ波を取り出します。身近な事例ですと、電子レンジみたいなイメージですね。

なお、核融合は基本的に50年程度維持できる設計ですが、ブランケットやダイバータは、1.5億度という超高温の近傍に位置しますので、2年程度で交換が必要となります。1セット数百億円ほどの設備ですので、核融合炉の商用化が進んでくると、巨大な市場が形成されることになります。ジャイロトロンは1本数億円の設備で、ひとつの炉に数十本程度が使われます。世界でもあまり生産できる国がありません。日本ではQST(量子科学技術研究開発機構)が開発に成功されて、世界でも最高性能です。現在、世界でも数十箇所程度の核融合の実験炉がありますが、そのうち数機関から既に引き合いがある状況です。

このように、弊社は、核融合炉の建設にフォーカスし、モノ売りから、コンサル・設計受託等のエンジニアリングまでを行います。2020年代はジャイロトロンの物売りから始め、もう少し後にブランケットやダイバータの導入を行い、最後に、水素とカーボンの固定化のためのプラントエンジニアリングの商用化を進めたいと考えています。

--核融合炉の実現の命運はITERが握っているという理解でよいのでしょうか。

国際熱核融合実験炉:ITER(イーター)では、2025年までプラズマ核融合を引き起こす実験は行うのですが、発電まで行うのは2035年となっており、ITERの成功なくして核融合の未来はないというのは事実です。とても意義のあるプロジェクトであり、QSTが参加されて世界をリードして偉大な貢献をしていることは、日本人としてとても誇らしいですし、私は心から応援しています。

一方で、2000年頃に設計を終えてしまっている装置ですので、その後の技術イノベーションを設計に取り込むことが残念ながらできていません。2000年以降にAI技術が凄まじい速度で発展してきていますし、新しい素材も見つかっています。そのため、新しく設計するとこうなります、と言わんばかりに、欧米を中心に50社くらいのスタートアップが生まれています。特に資金調達に成功している5社はとても有名です。Tokamak energy、First Light Fusion、General Fusion、TAE Technologies、あとビルゲイツも出資しているCommonwealth Fusionですね。

上述の有力ベンチャーでも、熱源を作るプラズマ維持技術は得意だが、炉工学は分からないという会社が多く、炉のエンジニアリング部分については設計から相談を受けます。発電効率を決めるうえで大切なのは炉工学の部分ですからね。私達は、要素技術の開発は全て終えており、同じ土俵で戦う競合といえる企業も今の所存在しない状況です。ファーストプラズマを起こしますよ、という人達が沢山いる中、京都フュージョニアリングはファーストランナーに高品質な炉を提供することを目指していますので、ゴールドラッシュにおけるリーバイスの立ち位置なのです。

--核融合の炉建設の部分で、ポイントとなる御社の技術はどういうところなのでしょう。

現状の原子力発電の原子炉だと350℃程度の熱取り出しですが、核融合炉の場合、950℃という高温を取り出すことが可能です。私達はこの高温での温度管理を得意としています。950℃の高温環境では、バイオマスに含まれるセルロースやリグニンという分子から、C, H, Oの連鎖を断ち切って炭素だけ、あるいは水素だけを取り出すことができますので、炭素・水素を固定化するプラント構想も同じ温度管理技術が肝になります。

京都大学発のバイオマスとして、驚異的に成長が早い植物があるのですが、この植物に含まれるセルロースやリグニンをカーボンと水素に変えて、カーボンのほうを埋めていけるのでは?と考えています。例えば途上国の不毛作地帯に植えて、育てたうえで、カーボンと水素を取り出すのです。なお、与える熱量を変えることでCとHの組み替えを変えることができますので、ブタン(C4H10)やメタン(CH4)など、都市ガスの燃料としての活用も期待できます。

H2ガス生成型 核融合炉

--想定では、核融合発電所の規模感、出力、コストはどのくらいになるのでしょうか?

核融合発電所の出力は、ITERと同様のサイズ感である20-30万kWくらいが良いのではないかと考えていますが、50万-100万kWくらいに変えても、装置サイズはそれほど変わりません。一定出力が理想ですので、ベースロード電源として利用するのが良いでしょう。うちの場合は、出口の熱の振り分けで発電と水素ガス、CO2からのカーボン固定化で用途を使い分けることで、用途別に出力を調整するようなことも考えています。核融合炉の主力装置のサイズは30m四方に収まるくらいですが、ジャイロトロンは別の建物に設置しますし、関連装置・管制室などの建屋も必要になります。発電所としての規模感は、やはり大型の発電所くらいにはなるのではないでしょうか。

価格については現行の費用水準だと、FIT制度導入直後の太陽光発電のように、40円/kWh程度と高くなります。ただし、米国は、商業用の有人ロケット開発において、NASAがイノベーションを起こそうとしてもリスクマネジメントの視点から上手くいかなかったために、スペースXをはじめとする民間事業者に競争させて技術開発・サービスを誘引したなど、サービスの民間調達に切り替えることで価格を競わせながら引き下げる方法を心得ていますので、商業用核融合が近づくにつれて、低コスト化はうまく進めるでしょう。また2050年の脱炭素実現に向けて、化石燃料を使う火力発電所も使いにくくなる中で、電源特性に応じた提供価値、またそこから導かれる電力価格の捉え方も多様化していくはずですので、いくらまで価格が落ちたら普及するとは一概には言えないでしょうね。

--核融合発電は、全体のエネルギーシステムの中でどういう役割を担っていくべきと考えますか?

エナリスでは、分散型エネルギー社会の実現を志向していましたし、今も分散型電源は大切だと思っていますが、全ての要件を満足する単一電源は存在しませんので、大切なのはバランスだと思っています。多様な電源をミックスして、互いの長所・短所を補っていく必要があります。太陽光発電や風力発電ばかりが無秩序に大きくなると、電力システム全体で見ると、大きな課題を引き起こすことと捉えています。

核融合は、原理上、メルトダウンを起こさないし、高レベル放射性廃棄物も出しません。また、国家間の産業競争力という観点では、QSTが継続的に大変な努力をされて我が国の核融合の技術水準を格段に引き上げてきたわけですが、確実なアドバンテージがあるこの日本の核融合技術を活かさないで良いのでしょうか。ネジ一つとっても寸法誤差などの品質は、日本メーカーは他国とは比較にならないレベルに優れています。核融合炉は、多様な部品・製品の集合体であり、日本の産業競争力を支えていくポテンシャルを秘めています。仮に、日本が核融合発電をやらない選択をしたとしても、欧米・中国は確実にやるでしょう。私達は、日本の優れたメーカー技術を海外に提供したいと思います。日本という国の競争力を高める重要な技術領域ですので。

もうひとつ重要な視点は、原子力発電の技術者は熱を扱うことができるため、核融合炉の領域でも大いに活躍できるということです。日本では、数万人規模の優秀な原子力関連の技術者の雇用がありますので、核融合業界への転職も期待したいですね。

ちなみに、弊社の社員は技術者が多く、以前QSTにいらした方々が定年を迎えたり退職されたのちに参画していただいています。産業として育てていくためには技術継承にも力を入れる必要があります。熟練技術者の方、また核融合に興味がある若手の方々にもぜひ参画していただいて、技術・ノウハウを絶やさないように働きかけていきたいです。

--渡部さん、長尾さんとエナリス出身の起業家に話を聞かせていただくのは2度目なのですが、エナリスは起業家マインドを持っている人が多かったのでしょうか。エネルギー業界で起業を増やしていくには何が必要でしょうか。

エナリスに、起業家マインドを持っている人が多かったかというと、そうでもない気がしますが、今もベンチャーで働いている人は多いですね。エネルギー業界の起業もだいぶ増えてきたとは思いますが、IT業界等と比べると、やはりエネルギー業界は資本集約的であり、時間がかかりますので、起業のハードルは高いですよね。

 私は起業の起こり方には、以下の3パターンくらいがあると思っています。

  1. 優れた技術者がそのまま起業する
  2. 経営者に人徳、強力な魅力があって、周りに人が集まってくる
  3. 起業家マインドを持った人や、技術を持っている人がチームを組むことにより、強みを掛け合わせて挑戦する

宇宙ビジネスも3のシナリオで成功しているケースが多い気がします。ただ技術ベンチャーとして挑戦するのであれば、かなり強い技術を有していて、業界におけるプレゼンス、人的ネットワークも併せ持っているなどが必要かもしれません。

どうすれば起業が増えるか、という問いに対する回答ではありませんが、私の起業のきっかけでもお話したように、自分自身が世界で戦える技術を持っていなくても、3のパターンであれば情熱をもって行動すれば機会を作り出せるかもしれません。私の場合も、事業見通し、成功ストーリーを描ききってから起業に踏み切ったかというとそうと言えず、走りながら考えている部分は多分にありましたし、それを支えてくれるチームに幸運にも巡り会えました。気概のある方は挑戦していただきたいです。

--最後に、水素やカーボンの固形化の技術の実装はどういう場所で実現可能なのでしょうか。

950℃の熱環境を作ること自体は、太陽熱発電所や風力発電所の発電電力でも十分に賄うことはできますので、多様な場所で炭素の固形化を実現することは原理的には可能です。ただ、大規模に行うならば核融合炉の商業化に合わせて行う必要があり、水素・炭素の固定化の実証炉の検討はまだこれからですね。廃材などのバイオマスを燃やすことで炭素を取り出せますが、安定して取り出すために使うバイオマスの種類や燃やし方など、プラントのエンジニアリングレベルでは検討すべきことがたくさんあります。炭素の固形化だけであれば300℃で可能ですが、温度を上げていくと同時に生成されるガス成分が変わってきます。商業プラントを検討するにあたっては、用途や原料に応じた設計を考えていく必要があります。

まだ若くて資金力もリソースも制約があるベンチャーですから、大きな検討を進めるにはパートナーも必要ですし、あれもこれもとはいきませんが、カーボン固定化・脱炭素に関する検討を早く進めたいという思いは持っています。こうして話しながらも感じますが、論文を調べたりしながら、どういう実装をしていくか?を考えたりするのはワクワクして凄く楽しいです。工学部出身で技術に強い戦略コンサルを経験し、マネジメントオブテクノロジー、イノベーションといった言葉が日々飛び交う環境で感化された部分もあると思いますが、我ながら、技術と経営が心から好きなんだなと感じますね。

【参考】

京都フュージョニアリング株式会社 https://kyotofusioneering.com/

【取材後記】

これまで執筆した記事の中で最も予備知識が乏しく、インタビューの最中も、執筆中もだいぶ苦労はしましたが、核融合炉が当たり前に使われる未来について、目を輝かせながら語り続ける長尾社長との対談は、こちらもワクワクの止まらない楽しい時間でした。日本のエネルギー市場は、比較的分かりやすく収益モデルの示された事業に取り組むプレイヤーが多い中、独自の技術と視点で、日本がリードする新たな産業領域を創造し、これまで人類が掘り出したカーボンを固形化して再度炭鉱に埋め戻すという超絶にスケールの大きいストーリーに圧倒されました。

各国政府が掲げるエネルギーミックスに核融合技術が当たり前のように織り込まれる時代、日本発の京都フュージョニアリングの核融合炉が市場を席捲している、そんなニュースを見る日を心待ちにしています。

(終わり)


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記事執筆日: 2021年5月31日

執筆責任: GreenTech Labs